1. 城山日出

日出峰の噴火口を守るようにとり囲んでいる、大小の99の石峰が、まるで大きな城郭をなしているということから、城山という名前の由来になった城山日出峰。驚嘆する日の出の美しさは瀛州十景の中で断然一位に挙げられ、日が昇る過程は「出日」であり、昇った日は「日出」といいます。「下山」というのが山を下りてくることをいい、「山下」とは山の下のことをいうのと同じだといわれます。

 

 

2. 正房夏瀑

正房の滝はソプソム(森島)とポ厶ソム(虎島)に隔てられているようでも、すっきりと視界が開けていることから、神龍が深い海の底に棲んでいるところであると、先人たちは信じていました。神龍の住まいであるため霊気が宿っていて、この滝の下で夏に滝に打たれると病気が治り、雨ごいをすると効験があったといわれています。また、近くに小正房の滝がありますが、主人が僕を従えているような風格があるということから、他の大きい滝を退けて、十景に選ばれたといわれます。

 

 

3. 山房窟寺

山房山の西南の中腹絶壁には、高さ5メートル、長さ10メートル、幅5メートルの洞窟に仏像があります。
高麗時代の慧日が暮していたと知られているこの場所は、正確な創建の年代は知られておらず、秋史・金正喜もよく訪れ修行したといわれています。
仏像の前の天井には、薬水が垂れてくるのですが、これは山房山を守る女神である山房徳が流す涙だと言われます。伝説によると、山房徳は、山房山が生んだ洞窟の女神で、抜群の美貌を誇ると言われます。偶然、ゴスンという青年に出会い熱く恋をしますが、山房徳の美貌にほれたある官吏が、山房徳を奪おうとゴスンに濡れ衣を着せ財産を奪っては流罪に処してしまったそうです。人間世界が罪悪でいっぱいであることに失望した山房徳は、これを嘆き、再び山房窟に入っては自ら岩になり今も泣き続けていると伝われます。

 

 

4. 沙峰落照

紗羅峰での夕焼けの見物はそれだけでなく、絶壁の下のコレグル(鯨洞窟)に打ち寄せる波と、周辺の町の赤く色づいた夕焼けをいっしょに見るべきでしょう。紗羅峰から夕日を眺めると、まるで空と海が一つのもののように光り輝くような暖かい感動、と人間の喜怒哀楽が心の中で安らぐような感覚になるでしょう。夕日に染まった、うねりもなく穏やかな海に、かすかに見える漁船の悠々とした姿も美しいです。

 

 

5. 鹿潭晩雪

初夏まで溶けない雪の中に溜まっている白鹿潭の清い水は、鹿に乗ってきた神仙が飲んだ水だという伝説に結び付けて、俗人がむやみに近づけない仙境であるとして、十景に入れたといわれます。

 

 

 

6. 瀛邱春花

瀛邱は神仙が住んでいる丘を意味します。神仙が住んでいる所というのは、俗世と遠く離れていることをいいます。瀛邱春花といえば春の花が連想されますが、ここでは花見よりは、情緒的に神仙に接する、神秘的な雰囲気に浸ってみることを楽しみにしたということが分かります。

 

 

 

7. 霊室奇岩

霊室登山コースを登っていくと、高い山頂から奥深い渓谷まで壮大に連なっている奇岩怪石がみられます。500余りの石柱が天に向かってそびえ立つその雄壮な姿には、ひとりでに感嘆の言葉があふれだします。まるで数百のアラハン(阿羅漢)が立っているように見えることからオベクナハン(五百羅漢)とも呼ばれます。かつてから、ここを通る時、喚声を上げたり叫んだりすると、500の奇岩怪石が深い霧をたなびかせて、四方が識別しにくくなるという、神秘の伝説が伝わっているところでもあります。春には奇岩絶壁の間にチョウセンヤマツツジが咲き乱れて、岩との織りなす壮観が美を極め、夏には雨が降った後に流れ落ちてくる滝も見ものです。
漢拏山にはいろいろな渓谷がありますが、四季折々に水が流れ出すところはあまり多くありません。水の貴重な済州では、漢拏山の渓谷水を飲み水として利用していることから、これを保護するため登山客の入場を規制したりします。しかし、霊室渓谷は異なります。登山路に沿って見られる清々しい谷間の流れは、四季折々に訪れる人々の心までさわやかにしてくれます。
名前から分かるように、この付近に入ると渓谷水の流れと風の音、霧が立ち込めていく渓谷といったものが、神秘感を与えてくれます。蒸し暑い夏、夕立でもひとしきり降ると、この渓谷の絶壁の間に約100メートルの滝ができて、通りすぎる登山客らは嘆声を発します。
漢拏山のところどころに伝説がありますが、この霊室奇岩にも切ない話が伝わっています。あるお母さんが、500人の息子を産んで暮らしていましたが、凶作に見舞われたある年、息子たちに糧を得るように頼んで、息子たちのためにおかゆを炊いていました。ところが、あやまってお母さんがおかゆの釜の中に落ちて、死んでしまいましたが、何も分からない息子たちは帰ってきて、おかゆを腹一杯食べました。最後に帰ってきた末の息子が、おかゆを掬おうと釜を掻き回していると、おかしな骨を見つけましたが、それがお母さんのものでした。末の息子は慟哭し、そのまま済州の西の端にある高山里沖に行って岩になりました。他の兄弟たちも、後でこの事実を知って悲しみながら泣いたあげく、岩になってしまいました。今も風の吹く日には、ここの木と岩の作り出す音が、まるで彼らの魂のように、凄絶な泣き声に聞こえるといいます。

ここは、もともと「神霊な渓谷」と呼ばれました。神聖で偉大な力でいつも済州島を守ってくれると信じられており、そこの奇妙な岩は、蛮夷を追い払ってくれる将軍の形状とされ、五百将軍と呼ばれました。かつてから偉大な力を得ようとする人々が、ここで修練し、神気を得た神聖な場所であり、山房窟寺の山房と対になるように、十景では霊谷を霊室といい直したといわれます。

 

 

 

8. 古薮牧馬

古薮(コス)は馬い歴史を持っている森のことで、天然林を意味します。今の荒沙坪の付近が高薮だと主張する人がいます
が、音が似ているため誤って伝わった言葉であるようです。漢拏山麓の全地域で放牧される馬の群れを、済州の絶景として選定したといわれます。

 

 

9. 山浦釣漁

魚をつり上げる帆船とシラサギ、カモメが調和する光景を
絶景として品題(内容別に分けた題名)しましたが、つり上げる帆船の漁師たちの苦労を察しなかったということから「魚釣り」を「魚を察する」と書き直すのが正しいという主張もあります。
暗闇がせまり、遠く水平線上の数百隻の漁船に一つ二つ灯がともると、その明かりが夜の海に照り返されて、一面不夜城になります。その壮観を眺めながら済州の海辺で太公望のように、のんびりと釣りざおを垂れながら眺める済州の海!
このような夜景の中でロマンを感じる味は、済州ならではの壮観であるでしょう。

 

 

10. 橘林秋色

橘林秋色という言葉は、済州市の五賢壇周辺のミカン農園の秋の景色から由来します。かつてから済州にはミカンが多く、秋には黄色く熟した果実が、風にゆれる姿は壮観でありました。現在の五賢壇の前にあったカァン(官営)果園の秋の景色を十景という人もいますが、題詠の内容からみて、ある1ヵ所を指すというより、済州道全域のみかんの木々を意味しているように思えます。

 

 

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